〜いんとろだくしょん・ヒカルの碁2〜

                            小説:彩川りんな様




碁打ちの少年がふたりいた。

ひとりは前髪だけ金髪に脱色した上に黄色に染め、幼さの残る瞳に、
何処か遠くを見るような・・・そんな少し切ない思いを秘め、
それでも、楽天的な性格が伺える愛嬌を持ちあわせた、名前を進藤ヒカルという。
もうひとりは、鴉の濡れ羽色の髪をボブに綺麗に切りそろえ、
凛々しい瞳に優しさと、力強さを持ちあわせた・・・今やヒカルの無二の親友、
名を塔矢アキラといった。

ふたりはこの日も、アキラの父経営の碁会所にて、お互いを見据えあいながら
彼等の世界、囲碁を打つ。
打った後は検討。
幼き日は、喧嘩ばかりしていたふたりも、それなりに大人びてきて、
落ち着いた手合いと検討をするようになった。
その日の勝敗・・・・・アキラの3目半の白星。

「ちぇっ・・・またオレの負けだ。ここをこう・・・オマエならこう来ると思ったのに、
読み間違えだ。ここはコスミじゃ甘いんだ。」

日本棋院にての手合いは勝ち進むヒカルだが、今もっとも多く打つ相手のアキラには、
今一歩勝てていない。
いつも力負けしている、そういった感じである。
アキラは、今やタイトルを取るぐらいの実力。
ヒカルもタイトル戦挑戦者として、大いに注目を集める。
そんなふたりにも、少年としてのあどけない素顔がある。
そんなふたりを、結びつけたもの・・・
かの人を、今再びアキラは思い出す。

「sai」

最近、父である塔矢行洋に、見るようになったのは、ごく最近のことだ。
saiは強い。そして行洋もまた、強い。
が。
打ち手まで同じではない。
それが、おかしいのだ。行洋がひとり打つ、その碁盤の上には、
行洋の一手一手とは、明かに違う盤面が広がるようになったのだ。
決して、ひとりで打ったとは思えぬ盤面。
アキラはいつも思うのだ。
「お父さんは・・・誰と打っているんだろう・・・?」
誰と、等と思うことがまずおかしい。
行洋は、海外に居ることが多いが、自宅に帰ったときは、いつもひとり、盤面を見据え、
一手一手、白と黒。まるで対局しているかのように、打つ。
誰と・・・?
そう思わずにはいられない。
そして、頭に浮かぶのは、・・・「sai」。
その日、アキラは父以外の中にも、saiを見る。
ヒカルの中に、saiを見る。
それでも。
ヒカルとの対局は、アキラにとっては特別。
進藤はsaiじゃない。
目の前に、リアルな指先。
追いついてくるというのなら、ボクもまた、その先を行くまでだ。
ヒカルにとっても、アキラとの対局は特別。
ヒカルに言わせれば・・・・・
「塔矢ってこういうヤツだったっけか?」
いい加減、付き合いも長くなってきた。
意外と優しい笑顔を浮かべるヤツだった。
意外と子供っぽいところがあるヤツだった。
(でもさあ・・・)
「オレも塔矢はいい友達になったと思ってるし、特別なライバルなんだぜ?
でもな、コイツさ、ちょっとよくわかんねェときがあるんだよな・・・。」
いつだったか、ヒカルの良き友たる和谷が言った。
「塔矢ってさ、進藤のことしか目に入ってねェみたいなトコあるよなー。」
アキラにとっては、ヒカルは他に変えられぬ程の存在だった。
故に他の人間が目に入らないようなことは、実際あるのだ。
でも、それをヒカルは柔軟に受け止めていた。
「しょーがねェヤツ。」
なんとなく、ヒカルも大人になったものだと、自分で思ってみたりする。










「塔矢先生が、おかしいって?」

棋院にて対局をそれぞれ白で終わらせたふたりは、ハンバーガーを頬張る。
ハンバーガーが遅い昼食なのは、偏にヒカルの好みだ。
妙にくどいラーメンよりは、バーガーの方がアキラも好きだった。
「ああ・・・。キミと打ちたいと言っていた。」
「塔矢先生が・・・オレと打ちたいって・・・?」
ヒカルは、パティの2枚入ったハンバーガーを食べながら、
もの言いたげなアキラを見ていた。
「打つ手が・・・」
それだけ言いかけて、口をつぐむアキラ。
「塔矢?」
ヒカルの手は、アキラのポテトに伸びる。
しばらく考え込み、難しい顔をして黙り込むアキラの、
アイスコーヒーにまで手を伸ばす。
「キミはコーラのLを飲んだんじゃなかったか?」
「喉乾いてんだよ。」
思いきり話がそれる。
「きゃー、間接〜」
「やだー、かっこいいよね、アタシ右の彼が好み〜」
そんな黄色いひそひそ話が聞こえて、ヒカルはコーヒーを吹き出しそうになった。
アキラには聞こえていない。
間接じゃねェよ、回し飲みっつーんだよ!
心の中で、ミーハー娘の声にツッコミを入れるヒカル・・・。
「塔矢先生の棋譜・・・オレも見れるのは見てるけどな・・・。」
話を戻す。
「・・・打ってみれば、わかる。」
アキラはそれだけ、言うのだ。
「今・・・先生は日本に居るんだよな。」
「ああ。いつでもいいから・・・と。」
「先生と・・・打つ・・・。」
有線の賑やかな流行りのJポップが流れ、様々な人々の話声の交じる中、
アキラとヒカルの座る席にだけ、シリアスな空気が漂う。
「今いつでもいいからって言ったよー」
「えー、何、意味深〜」
だっからどうしてそうなるんだよ!!!!!
っていうか聞き耳立てんなよ!!!
またしても、黄色いひそひそ話が向かいの席から聞こえ、ヒカルはバーガーの包みを
ぐしゃっと音を立てて汗ばむほど掴んでツッコミを入れていた。
アキラは、そんな声は聞いていない。





塔矢行洋は、趣のある、青畳の香る一室にて、ひとり、碁を打つ。
誰が見ても、ひとりで打っている様に見えた。
だが、行洋は間違いなく、対局していた。
行洋にしか見えぬ、その扇子の指す先は。
碁盤である。
ひとしきり打ち、姿の見えぬその者は、はあ・・・とため息をつく。
「行洋・・・私はあなた以外とも打ちたい!」
姿の見えぬその・・・美麗なる、碁を愛する魂は、美しい眼差しを空に漂わせて言うのだ。
「アキラに、進藤君に声をかけるように言ったと、先ほど私は言ったはずだが。」
その聖霊に、行洋は表情を変えずに言う。
「ヒカル・・・。会いたい。私はもっと・・・ヒカルと打ちたかった。一緒にいたかった・・・ああ・・・。」
かつてヒカルのもとにいた、その聖霊は、何故か行洋のもとにいた。
名は、藤原佐為。
今、かの聖霊は、今一度、碁盤のもとへと、蘇っていた・・・。


続きは、ヒカルの碁2に、続きます・・・。


この「いんとろだくしょん」はヒカ碁本「ヒカルの碁2」の少し前のお話を
彩川りんなさまが創作して下さったものです。
つまり、「イントロを考えて書いて欲しい!」と私がムチャなお願いをしたわけです・・・。
そして下さった作品がこの「いんとろだくしょん」でした。

自分の作品でないもののイントロを考えるというのは相当大変なことです。
それなのに!こんなにほのぼのと、そしてヒカルとアキラの軽快なやりとりを魅力的に書いて下さった
りんな様に感謝の気持ちででいっぱいです!!

本当にありがとうございました!!



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